大先達に就任させて頂きました。

この度、皆様のおかげをもちまして
西国三十三札所会、大先達に就任
させて頂きました、ひとえに
皆々様のご縁あっての事と、
深く感謝申し上げます、誠に
ありがとうございます、これからも
より一層精進してまいりたいと
思いますので、どうぞ宜しく
お願い申し上げます。🙏🙏🙏

大先達名札

私が初めて西国観音霊場に接したには
小学生の頃、母親がご朱印を
もらいに行くのに同行したのに
はじまります、その時は、
意味も分からず、ただついて行けば
行ったことのない所にも行けるし
美味しいものが食べられたので
ひょこひょこ母にくっ付いていました。

自分自身で西国の御朱印をいただき
はじめるきっかけは、平成二十三年
京都ホテルオークラさんの
西国巡礼ツアーの担当を
させて頂いたことからです、その後
約9年がかりで三十三カ所と番外三所を
令和二年四月に満願し、先達に就任、
その後令和三年十月、中先達を経て
この度、大先達に就任となりました.

先達名札
中先達名札

一巡目は先祖の為、
二巡目は家族の為、
三巡目に自分の為ともうします、
この機会にぜひ西国三十三所観音の
ご朱印巡りはいかがでしょうか?😀😀

西国三十三所巡礼とは

養老2年(718)、大和長谷寺の
開山徳道上人は、病にかかって
仮死状態になった際、冥土で
閻魔大王と出会います。閻魔大王は、
世の中の悩み苦しむ人々を救うために、
三十三の観音霊場を開き、
観音菩薩の慈悲の心に触れる
巡礼を勧めなさいと、起請文と三十三の
宝印を授けました。
現世に戻った徳道上人は、
閻魔大王より選ばれた三十三の
観音霊場の礎を築かれましたが、
当時の人々には受け入れられず、
三十三の宝印を中山寺の石櫃に
納められました。

それから約270年後、
途絶えていた観音巡礼が、花山法皇に
よって再興されます。花山法皇は、
先帝円融天皇より
帝位を譲られ、第65代花山天皇と
なられますが、わずか2年で皇位を退き、
19歳の若さで法皇となられました。
比叡山で修行をした後、書寫山の性空上人、
河内石川寺の仏眼上人、中山寺の弁光上人を
伴い那智山で修行。観音霊場を巡拝され、
西国三十三所観音巡礼を再興されました。
(西国三十三所札所会ホームページより)